小蝿

まだ五月だというのに浴室の排水溝から小蝿が湧いているというのは、まったく異例の事態である。

「小蝿、殺す」

そこで私は薬局へ行き、キンチョーが販売している「コバエがいなくなるスプレー」を購入、自宅へ戻り浴室の排水溝に噴射した。

これが楽しかった。

気付けば私は謂わば踊る小蝿殺戮マシーンと化し、小蝿を殺戮する喜びに狂っていた。

「ウヒョー」などと快哉を叫んだ。

小蝿という小蝿を殺戮しながら二時間程踊り狂った私の身体はいつの間にか五寸ばかり宙に浮き、高速回転していた。

もはや小蝿を抹殺するという当初の目的は達成されたにも関わらず、私は空中で高速回転を続けた。踊ってすらいなかった。

インターホンが鳴った。怪しげな宗教の勧誘であった。

私は回転を続けた。続けながら、勧誘のおばはんらに「帰れ」と叫んだ。

しかし、私の回転があまりに高速であったため、おばはんらには私の「帰れ」と叫ぶ声が「スィィィィィン」という妙な擬音にしか聞こえなかったらしく、一向に帰ろうとしなかった。

この時点で私は自らの回転を止められないことに気付いており、絶望していた。もう駄目だと思った。

「神を信じますか」

「スィィィィィン」

「神を信じますか」

「スィィィィィン」

「神を信じますか」

「スィィィィィン」

私の脳内でおばはんらは小蝿の顔をしていた。